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テーマ:「バレエ鍼灸ヒストリー」の記事一覧

バレエ鍼灸ヒストリーⅥ  [2016年10月07日]
バレエのケガを治療するために作った治療法、それがバレエ鍼灸です​。
開院したのは、2008年4月。四谷で治療院を開いている先生の場を借りてのスタートだったのですが、スタートして間もなくから様々な出会いがありました。
 
フランス国立カンパニーのサンダーさんを治療したのは2008年5月のこと。
年間を通じて舞台数の多いカンパニーにいるとどうしても踊る量が多く、そのため以前のケガからどこか治った感じがないとのことでした。
 
お稽古場で、普段から元ダンサーや現役のダンサーに接することはありましたが、先生として接していた場とは違い、その時の印象はとても鮮烈でした。
先ず、部屋に入っていらした時の雰囲気が全然違うのです。でも、そのたたずまいはとても穏やかで静かな。一流を極めた方はこう言う雰囲気なのだと思ったのですが、その後出会うダンサーの方々は少なからず同じような雰囲気を持っています。

カラダの違いにも驚かされました。
当然と言えば当然なのですが、均整のとれたフォルムは無駄なものがまったくありません。国立カンパニーの場合、学校に入学する時点で体型チェックがあるとは言え、スラリとしたカラダのライン、そして訓練の行き届いた柔らかでしなやかな筋肉は、その後治療で出会ったプロのカンパニーダンサーに共通しており、プロ度が上がれば上がるほど、そのラインも研ぎ澄まされ感がすばらしいのです。

特にその足部。バレエ的にとても美しい足。
これも海外にダンサーさん、また海外で踊ってきたダンサーさんに共通なのですが、分厚くとても豊かな足をしているのです。この足があるから、高いジャンプや軽やかなポワントワークが可能なんです。

このような足を初っぱなに診てしまったため、その後あんじゅでは『大切なのは甲出しではありません。豊かな足部を育てることが甲を作ってくのです』と語っているのですが、それほど印象に残る美しい足をしていました。

日本では、甲があることが最優先のように考えられがちですが、甲があるのは鍛えあげられたこの充実した足部があるからこそ。甲が欲しいと思うなら、タンジュをはじめ基本的なレッスンをもう一度見直し、足部だけでなく踊るカラダを育てることが必要だと痛感しています。

治療に関しては、初めて受ける鍼灸に驚くというよりとても協力的でした。レントゲン写真を持ってくれていて、触診も併せて診てみると治りきらない箇所には、炎症が残っていました。この時、治療に使ったのがあの【お灸】。
 
このお灸を含めバレエ鍼灸は、その後の症例でも大きな効果を発揮してくれました。又何より、どのダンサーさんもプリエに始まり、クペからアティテュード、バッチュ、エポールマンなどバレエのカラダの使い方を説明する必要なく理解して治療が進んでいることに安心感を抱いてくれていました。更に、何より、どのダンサーもバランスを取り戻すための東洋医学をベースにした全身治療にとても満足してくれたのです。
 
西洋文化圏の方は「東洋医学」は珍しい&興味があるもののようで、別のダンサーさんからは、『どこで修行したのか?それは何のためにやるのか?ツボとはどうものなの?』といろいろ質問されたこともありました。中には、鍼の治療にとても慣れているダンサーさんもいて、聞いてみると本国でも中国人の鍼を受けた方だったりもしました。

海外のダンサーさんの場合は、治療院に来てもらうこともありますが、楽屋やリハーサル室で施術をすることもあり、その後、彼らのステージを観ることも少くありませんでした。治療の時は、一見穏やかで静かなたたずまいに見受けられたのに、舞台ではまた全然違うのです。音楽を語る物語を語る表現者そのもの。特に音楽との調和はすばらしいものがあります。

当時から10年近く経た今、コンクールが増え、ヴァリエーションを踊る機会が格段に増えた状況を受け、あんじゅでもパーソナルセッション『ターンアウトアップ+プラス』の枠でヴァリエーションの補習をおこなうことが増えましたが、この音楽的に踊ること、物語を表現することがきちんと伝わっていないと感じます。一概に成人したプロのダンサーと10代のジュニアを比べるものではありませんが、ダンサーになりたいとヴァリエーションを練習してもそれでは先につながらないのです。

足部を含め、ダンサーとしてあるべきカラダのラインをどう育てていくか、自分のカラダで音楽や作品をどう表現していくか、普段のお稽古からこのようなことも合わせて身につけていくことがとても重要なのです。
 

ダンサーの人生はとても過酷です。

どのダンサーさんも幼少からずっとバレエ・ダンスを続けており、プロになってからは、レッスン・リハーサル、本番の舞台、人によっては教えも含め、ずっとカラダをつかってばかりの人生です。鍛え続けられたカラダとは言え、日常生活では全く必要のない動きをいかにも自然に見えるよう動けなれば、求められる踊りにはならないのがダンサーの日常です。訓練をし続けてきても、質量とも多ければケガや不調に陥ることも少なくありません

これはスポーツ選手も同じ環境ですが、彼らのケガや不調に詳しい治療院や病院は数多くあります。スポーツ整形やスポーツマッサージはその典型例。ランナー専門院を見たこともあります。けれど、以前より格段にポピュラーになり、プロも増え、習っている人口も増えているのに、きちんとバレエ・ダンスの動きや解剖学的機序を理解した上で治療出来る人が少なすぎるのが現状です。

鍼灸スペースあんじゅは、そのことを考えバレエ専門、ダンサーのための治療院としてスタートしました。今では、鍼灸以外に、整体やトレーニングメニュー、解剖学の講座や出張レッスンまで含めるとメニューは多彩になっていますが、来年開業10年目、再来年には10周年を迎えようとする今、治療の土台となっているテクニックを解剖学的要素を含め、伝えていく段階に来ているのではないかと考えるようになってきています。
どのような形になっていくか、今はまだ思案中ですが、常に基本は変わりません。
 

バレエボディ、踊るカラダ。
そのカラダでいるためにはバランスが不可欠。そのバランスを取り戻すためのスペース、それがバレエ治療院鍼灸スペースあんじゅです。
Posted at 15:12
バレエ鍼灸ヒストリー V  [2016年08月21日]
伝統医学研修センターでの日々はとても刺激的でした。基礎的な学科の知識を土台に東洋医学的にはどのように分析し、西洋医学的な手法も合わせて治療を組み立てていくことをここで身につけました。学校では決して出てこなかった症例や授業だけでは得られない臨床現場での体験が、今の大きな土台となっていて、今でも当時のノートを振り返ることがあります。
 
どこに大きな違いがあったかと言うと、例えば、腰痛を例にとってみると、学校や接骨院では、腰が痛い患者さんには腰痛のツボに針をする、又は、腰回りに電気をかけたり、マッサージをしたりする、これが一般的なのですが、研修センターでは、全く違っていたのです。
 
先ず、カラダの使い方や男女の違いで出てくる症状が違っていることを学び、その視点で患者さんを診ること触れて確認すること、そしてそれぞれの症状にあわせて、鍼をする場所を変えること、炎症がある場合にはそれを先に収めること、などが大切だと識りました。
 
言葉で書くとあっさり見えますが、学科的履修内容だけでなく、実際の治療は、とても奥が深かったです。結果、その通り治療すると、ぎっくり腰当日にいらした患者さんや寝違えで苦しそうだった患者さんが、すっかり良くなって帰っていくのです。接骨院でやっていた内容と治療結果とでは余りにも大きな差があり、鍼と灸というシンプルなツールにこれほどの力があるのかと驚くほどでした。
 
そして、単に鍼を置いておく、又は電気をかけるだけしかないと思っていた治療技術のほかにいろいろな方法があり、それらを実際に治療しながら修得していきました。そんな中でも、大きな出会いとなったのが、二つの手技。動きの調整をする鍼の手法、炎症を抑えるお灸の手法です。
 
これに出会った時、火花がスパークするかのような閃きがありました。
「このお灸、バレエの治療につかえるじゃない!あの鍼のやり方なら、バレエのケガが治せるじゃない‼︎!」
その段階まで、ほぼ婦人科疾患や内臓疾患を治療する方向に行くつもりだった私に、突然、バレエのケガを確実に治すための治療法が閃いたのです。
 
これがバレエ鍼灸誕生の最初の瞬間でした。
 
その後、思い切って実際の治療に踏み切る決心をさせてくれたのも、これらの手法なら絶対に治せる、という確信があったからです。
 
インターネット情報が少なかった当時、いろいろ検索した結果、「バレエ」と「鍼灸」を合わせた名前を治療院のメニューにしたのが2008年4月。鍼灸スペースあんじゅがスタートして来年で10年目になります。
 
他にも、「バレエ鍼灸」がダンサーのケガやメンテナンスに役立つ手法だと実感させてくれる大きな出会いがこの2008年にはありました。バレエ鍼灸ヒストリーの最終回となる次回は、そのことをご紹介します。
Posted at 21:58
バレエ鍼灸ヒストリーⅣ  [2016年08月06日]
鍼灸の学校に入ってからも私の頭はバレエと結びつくための解剖学でいっぱい。けれど、鍼灸と言えば東洋医学も学ばなくてはなりません。この分野は生まれて初 めて耳にすることばかりで最初はとても苦労しました。けれどそれがその後、バレエ鍼灸の土台に一つになっているのです。これも勉強している時には想像もし ていないことでした。
 
学校に通いながらもレッスンは止めていませんでした。けれど、これは腰がスッキリした からではありません。当時の写真を見てみると、腰の違和感からまっすぐ立てていない状態で写っている自分がいます。結局すべり症からくる腰痛は治らないの か?腰に違和感を感じることなく踊れることはないのか?勉強しながらも真剣に悩んでいました。
 
実技では当然、腰痛の原因と治療穂方を学びますが、その原因にバレエのバの字は出てきません。(まあ当然と言えば当然なんですが)そして習う手技は、ほとんど接骨院でおこなわれている一般的な治療がほとんどでした。国家資格を取るための基礎的な勉強として必要ではありますが、私としては、もっと突っ込んだところを知りたかったのが本音で、卒業の前の年からいろいろ調べるようになっていました。2005年にもなると少しずつインターネットで情報が載るようになっていましたが、それでも 2016年現在の比ではありません。整形外科では二つほどありましたが、それ以外での専門治療院の情報はなく、どこかで修行したいと言う思いを抱えたまま 卒業試験・国家試験を迎え、念願の合格。けれど、そこから先が見えない状態でした。
 
学校を卒業してしまう と、就職しない限り鍼を打つ機会は減ってしまいます。それが怖かった私は、まずは接骨院で働いてみると言う決断を下したのです。そこでの治療はほとんどがマッサージ。鍼もつかっているよと言っても、腰の4穴にうって電気を流すのがせいぜいで、これでは本当に治して欲しい人はどうするんだろうと当時の 私は理想のバレエ鍼灸をどうしようかともがくばかりでした
最初の接骨院の後、二つほど接骨院と治療院の研修を受けてみたものの、どれもほとんど変わらない治療に失望し、さすがの私にもあきらめの気持ちが忍び寄ってきました。それほど当時は情報がなく手詰まりだったのです。
 
そして、カラダの不調をきっかけにあれほど決心して始めようと思っていたバレエ鍼灸立ち上げの夢を保留し、内臓疾患を治す鍼灸療法を学ぶ日本伝統医学研修センターに入所することにしたのです。2007年のことです。
 
一度は保留しあきらめようとした夢。けれど、この研修センターに学んだことが、バレエ鍼灸という治療法の確立につながることになったのです。
けれど当時はそんなことになるとは全く予測してはいませんでした。
Posted at 10:04
バレエ鍼灸ヒストリーⅢ  [2016年07月31日]
急性坐骨神経痛になって以降、ずっと腰から下に違和感がありました。それを解消しようとマッサージやカイロを受けても、あまり代わり映えはしなかったし、私のカラダに何が起きているのか誰も言ってくれませんでした。そうこうしている間にも大きな腰痛があり、とうとう整形外科で画像診断を受けることにしました。
レントゲンでは正確に分からないので、MRIを撮ってみたところ「腰椎すべり症」だと言うことが判明、『いずれヘルニアになるから気をつけなさい』と言われるだけで、処置は湿布を消炎鎮痛剤と骨盤ベルト。ならないようにするにはどうすればいいのかと聞いてみると『踊るのは止めた方がいいね』と言われるだけ。それは当然で、掛かっていた人たちは踊りの経験がないので、分かろうにも分かれないんですよね。

12年ほど前なので、多少は古い診断だと思います。けれど、今でもあまり変わらない部分もある。それは処置の方法。これだけ腰痛やヘルニアなどの問題を抱えている人が沢山いるのに、ほとんどのクライアントは整形外科以外で治療を受けざる得ない、というのも当時は、バレエ専門で治療をしてくれるところはなかったからです。私でもこんなに困るなら、仕事にしている教師やプロは、もっと困るんじゃないか。それが後々、私がバレエ鍼灸を始めた動機の一つになりました。

もう一つ大きなきっかけでもあり土台がありました。それが解剖学です。
解剖学との出会いは、バレエを再開した時に習っていた先生。今でこそ解剖学的な指摘をしてくれる先生は増えましたが、20年近く前はとても珍しかった。英国に留学しRADの勉強をして資格を取られていた先生の指摘はとても興味深く、レッスンが終わった後にも良く質問していたのです。そんな私をみて先生がくださったのがこのコピー、今でも大切に保管しているものです。

これをきっかけに、当時出ていた本をほとんど買って読みあさり、解剖学の講座を受けられる機会を探して受講したりしていました。他に、モダンダンスの米井澄江先生のワークショップに出たり、ダンスセラピーの草分けである芙二三枝子先生のお稽古場に通ったり、発表会にも出ていましたが、踊るカラダを知りたいと言う気持は強かった。これは今も変わらず続いています。

解剖学的な指摘をしてくれる先生のクラスは一年ほどでなくなってしまい、その後同じような先生がいないかと探したけれど、当時は本当に少なく出会えませんでした。また、このような解剖学的視点にたって施術してくれるところがないかと探しても皆無。それはそうです。ほとんどの施術者はダンス経験などないので、パやステップの違いや何故それをすると痛い時があったりなかったりするのかなどは分かってもらえるはずはないです。
 
この解剖学と向き合ってきた日々が力となって、ついに自ら勉強しバレエのための治療を確立するしかないと決意したのです。
 
 
バレエ解剖学
 
 
 
 
Posted at 15:12
バレエ鍼灸ヒストリー II  [2016年07月24日]
 
初めて坐骨神経痛になったのは秋でした。気温が下がってストレッチしても伸びにくくなってるなぁと感じる頃。けれど、その年明けた1月、前回よりもっと大きなことが起きたんです。その時も、出稽古に行った前回と同じようにいつものクラスではなく、前回と同じように、決して調子は悪くなかった。
 
それは、グランバットマンのスゴンで脚をあげ、降ろしてきた瞬間でした。
ふわっと浮いた感じがあって、その直後ズドンと大きな負荷がかかったのです。腰の後ろにストレートに全体重がかかったかのような感じで、次の瞬間、腰が抜け動けなくなってしまったのです。
 
その瞬間のことはよく覚えているけれど、どうやって帰り着いたのかなど、ほとんどを覚えていません。先生にことわってレッスンを途中で抜け、着替えスペースで座り込みながら休み、しばらくしてから帰ったくらいの記憶しかなく、その夜もどうだったのか、記憶がありません。
次の記憶は、翌朝。
 
起きたらベッドから起き上がれなくなっていて、仕事にいくどころではありません。とにかく全身がこわばって、這うようにしかうごけない。。。前回の痛みとは格段に違いがあるので、いくらなんでもおかしいのが分かりました。
 
仕 事を休んでなんとか治療に行こうと思ったのですが、どこへ行けばいいのか分からず途方に暮れてしまいました。とにかく臀部が異常にはって腰が固まってい て、自分で触っても痛くて仕方なく、腰を触られたくないという感覚が先にたっていたので、以前行ったことのある足裏マッサージに行ったのです。
インターネットやスマホがあって、手元で調べれば情報が出てくる今と違って、どうすればいいか分からなかった当時の私には、とにかくなんとかしてほしいから選んだ選択。けれど、結局その後、たまに通っていたスポーツマッサージ店に駆け込むことになったのです。
 
マッサージ師さんは一目診て、「市川さん、これじゃマッサージは無理です。お尻が真四角になっているから。こういう状態は、針じゃないと難しいです。マッサージしても痛いだけになるし」とこう言ったのです。
 
痛みに必死に耐えている時に、自分の姿を客観視するのは難しいですよね。この時初めて、自分の臀部が異常な形になっているのだと気がついたのです。当時は写メがない時代なので、証拠写真はないけれど、真四角になった自分の臀部は異常な感じでした。
 
これが、いわゆる急性期に起こる筋性防御です。筋膜や筋腱に急激に外部から刺激が入ると、カラダは自身をまもるために、筋肉をギュッっと固ててコルセットのようになることを言います。
 
医療人としての今は、この状態ではどういう処置をしなくてはいけないのか分かっていますが、当時は何でこんなことになってしまったの…と嘆くしかありませんでした。
 
生まれて初めて受けた針治療を2日おきに、2週間恐ろしいほど硬かった臀部は柔らかくなっていったのですが、生初の鍼治療との出会いが、その後、私の人生に大きな影響を与えることになるとは思いもよらず、治療を受けていたのです。
Posted at 14:56
バレエ鍼灸ヒストリーⅠ  [2016年07月18日]
1996年バレエを再開して、バレエライフを楽しんでいた私に突然襲った急性坐骨神経痛。それが私の人生を大きく変え、2008年にバレエ鍼灸を立ち上げ、今やバレエ治療院で治療や運動療法をおこなうことになっているとは、その時は全く思っていませんでした。

それ以前、就職したての頃に体調を崩し、何かカラダを動かしたいと最初にいってみたのがやっぱりバレエのレッスン。
けれど、子供の頃とは違って全然動けない自分のカラダに愕然。。。結局、バレエではない別のダンスをすることにしたのです。それほど、10年近いのブランクでカラダは変わっていました。

その時はそのことについて深く考えたことはなかったのですが、現在バレエ鍼灸師として、ブランクのあるクライアントさんのカラダを診るにつけ、この時の体験がすごく生きています。

さて、再開した当初、バレエの動きになれてくると当然レッスン量も増えてきて、そうするとカラダのあちこちが悲鳴をあげだしました。そこで先生や友達に紹介された整体やカイロなどに通ったのですが、当時はバレエ専門治療院はありませんでした。私の興味は、なぜ今骨盤の横がこんなに突っ張るのか?なぜ脚のつけ根が痛くなるのか?の原因だったのですが、通ってもそういうことを教えてくれるところはなかったです。そりゃそうですよね。その先生方は踊っている人ではなく、普通の整体士さんや治療士さんだったからです。

そうこうしているうちに、何回か発表会にも参加し、当時としてはまだ珍しかったヴァリエーションクラスに出たりもしていました。

バレエを再開する方の中には、再開後直ぐ膝や股関節を痛めるケースが少なくなく、あんじゅにもそういう方が来院されます。けれど私の場合、そこまでのケガになったことはなかったため、自分のカラダを管理することへの意識はとても甘かったと思います。時代も、発表会のためにメンテナンスに通うという風潮はそれほど大きくなかったので、ケアとしては自分でマッサージしたり、ストレッチするくらいがせいぜいでした。

そんな時に私を襲ったのが「急性坐骨神経痛」です。その時のことはよく覚えています。2001年11月のことでした。と言うのも出稽古にいったレッスンの帰りだったからなんです。

出稽古って、いつもクラスが休みだったり、代行だったりする時にいったりする場合もありますが、レッスン仲間から『あの先生のレッスン良いよ、一度受けてみなよ』と聞いたから出てみるというケースもありますよね。かくいう私もそうでした。その時は別に腰に不調があった訳ではないし、出稽古にいくくらいなのだからどちらかというと好調な時でした。そういう時に落とし穴があったりするということに気づくはずもなく、この時は、その後とても苦しく辛い思いをすることになるだなんて全く想像もしていませんでした。

『うん、なんか変、、、』って感じたのはランベルセの後。でもその時はそれほど感じていなかったと記憶しています。あれ、ヤバイって感じ出したのは、地下鉄の駅に向かう途中、歩く度に左腰の後ろが軋む感じが出てきだしたから。当時は、今のようにカラダの変調や不調に関してメモを執る習慣がなかったので、詳しくは覚えていないのですが、その後2週間レッスンを休んだことだけは覚えています。だから相当痛かったんですよね。でも、それで治療を受けることはしなかったんです。
今なら自分の痛みは坐骨神経痛なんじゃないか?とネットを調べれば出てて、どう対処すればいいのかなどが書かれたページがいくつもありますが、当時はそういうページはなく、とにかく動かず安静にしていることだけだったんです。

バレエ鍼灸師の私が今、当時の自分を振り返って言ってあげたいことは「後1週間、合計3週間休んでいたら、その後もっと大きな坐骨神経痛にはならなかったかもしれないよ」です。当時から解剖学に目覚めるほどカラダオタクだった私も、ケガに関して知識もなかったので、2週間で復帰しちゃったんです。何故って、休んでいたらその分カラダが忘れてしまうのが怖かったからです。1990年代後半から2000年代初めは、運動療法もそれほど普及しておらず、ようやくピラティスなどが入ってきた位の時期。バレエのレッスンの代わりになるエクササイズなども知られていなかった頃なので、3週間は永遠に遠い時間に感じたんです。そのため、初期の痛みがなくなった時にレッスンを再開したのです。

それが、年が明けた2002年1月に更に大きな坐骨神経痛を煩う原因にもなっていて、そのため初めて鍼治療を受けることになるなどとは、全く想像していませんでした。
Posted at 14:13
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