2020年3月から5月にかけて外出自粛のためレッスンにでられない状況が続きました。この空白の期間、オンラインレッスンや動画レッスン、筋トレなどいろいろ対策をしていた方は少なくないと思います。
ただ、このところ来院される方々からお聞きするのは、『股関節が詰まる』『膝が固まってどうやっても伸びにくい』『足底の筋肉が落ちてしまってルルヴェに差がでて、軸脚が安定しない』という声。
自粛明けでレッスンに復帰した方の多くが味わっているカラダの変化や不調、一体何が起きているのか?どうしてそんな状態になっているのかを考えていきます。
そして、これからどう踊るカラダに向き合えばいいのか?
ルルヴェが安定しない、軸足がグラグラする、膝や股関節がつまりやすいなど、今多くの方に起きていること、 これらは
ケガではありません
レッスン解禁になって、一ヶ月から半月あまり経ってすでに膝やアキレス腱に鈍い痛みや鋭い突っ張りを感じる場合は、ケガの一歩手前にいる可能性は考えられます。
けれど、自分が思うようにカラダ動かない、前のように踊りたいのにうまくいかないという状態は、どういうことか?というと、
アンバランスからきているコーディネーション不足
が起きているのです。
なにしろ、この数ヶ月の生活は、今までの生活とはまったく違うものでした。
いつもなら、朝起きてそれぞれでかける先に移動して日々活動していたのに、それらのほとんどができなくなり自宅に居ざる得ない状況は、下手をすると少し入院に近い状態だったと言えます。
入院をすると普通の生活と一気に環境が変わります。ケガでオペをした後などは、歩行練習をしなくてはならない場合もあります。検査入院だとしても、病院外を気軽に歩き回れなかったり普段通りの生活を送る状態とはことなります。つまり行動が制限される。
しばらく前の自粛期間は、ちょうどこれと近い状態にあった訳です。
入院を経験された方によくお聞きするのは、膝を曲げるということを忘れてしまった、ベッドから降りて普通に歩こうとしてもふらふらする感じがあった、など、思うようにカラダが動かなかったという体験です。
いつもどおりの行動を制限されてしまうと、人は普段何気なくおこなっていたことも忘れてしまうのです。
普通に歩いたり階段を登ったりすることもしばらく制限されると忘れてしまう、となると、バレエ・ダンスではどういうことが起きるのでしょうか?
それは、それまで使っていたダンス特有のカラダの使い方をカラダが忘れてしまう、ということなのです。バレエやダンスの動きは、普通に歩く、飛ぶという動きとは違います。タンジュ一つとっても、単に脚を前横後ろに出す、というのとは全く違うムーブメントです。
そうなるのが嫌だったから「オンラインレッスンはしていた」、「動画を見て自習していた」、「筋トレなどいろんなトレーニングをやっていました」という声は、ダンサーからジュニアまで多くの方から聞いています。
でも、実際にスタジオでレッスンを受けてみたら全然違っていた、、、、、んですよね、の声も同じように伺っています。
それは当然と言えば当然です。
家でオンラインレッスンをしていました
→つかっているスタジオと同じくらいの空間を確保できていましたか?
マイバーをつかっていました
→スタジオと同じような重量感があって、前後隣に人がいましたか?
スタジオにも大小がありますが、手脚を伸ばした先の空間を人は意識せずとも感じながら踊っています。自宅が広い人もいるかも知れませんが、自粛では友達と一緒に何人かで、というレッスンもできません。空間に何人も人がいて、その人たちとの空間を意識しながら踊る、というのもカラダに大きな違いをもたらします。
リノリウムを買ってやっていました
→それはいい環境ですね。そのリノで足が滑るつっかえるなどはなかったですか?
床の違いはたいしたことはない、と思う方もいるかも知れませんが、プロの場合だと床の硬さや滑り、リノや木の床の違いで踊りやすかったり逆に踊りにくかったりした経験を持っている方もいるはずです。
それに全員がリノを買った訳ではないはずなので、人によってはフローリングで自主トレをしたこともあるでしょう。床の弾力はやはり足裏の感覚に伝わるので、同じタンジュでもカラダへの反応は違ってきます。
こう挙げてみると重箱の隅をつつくように見えるかもしれませんが、同じように感じていても、実際ある程度の空間で、他の生徒がいて、音楽に併せて自分の番を把握して、その場で与えられたアンシェヌマンをこなしていくという環境は、どんなにオンラインの技術が発達しても全く同じものは作り得ないはずです。
筋トレやストレッチは自宅で動画で、などと紹介されていましたが、セフルケアやストレス解消のエクササイズならそれもありと思います。けれど、それとダンスのレッスンは全く違うことがほとんどです。
踊る場、お稽古をする場というものが、これほど違う環境であること、カラダに与える影響が大きいものなのだと改めて感じさせられます。
つい数ヶ月前なんだから覚えているはず、と思っても踊らなかった日常がまた、いつもの日常と違っていました。歩く量や動く量が極端に減り、座ってばかりの生活にならざる得ない人が多かったはずです。
結局、同じように感じても、2、3ヶ月前とは全く同じ環境ではないため、カラダがうまく反応してくれない、バランスが崩れているのです。バランスが崩れた状態で、以前と同じように踊ろうと思っても、カラダのつながりがうまくとれない、それがコーティネーション不足として現れているのです。
レッスン解禁になって多くの方が「ようやく踊れる!」と期待を込めて戻っていったと思いますが、バーをもった瞬間、センターにでた瞬間、違いを感じませんでしたか? 「こんなこんなだったっけ」「広い、、、」動きたいんだけれど、前と同じ感じじゃない、、、、という方がとても多いはずです。
もしかすると、いつも決まったクラスではなく、毎回全く違うスタジオの違うクラスにでていた人だったら比較的スムースに戻れている可能性はあります。それは、毎回環境が変わることにカラダが慣れているから、今回も同じように感じて乗り切れているかもしれません。でもこれはとても少人数でしょう。
人のカラダは小宇宙とも言われ、自分を取り巻く外の環境に反応して動くため、この約2ヶ月ほどのブランクに右往左往してしまいがち、なのです。でも、気持ちは踊りたい、動きたい!と前に走っている、そこで更にバランスがとれなくなってしまうのです。
では、なぜこういうぎくしゃくしたような動きにくさや感覚のズレが起きてしまうのでしょうか?
それは
シンプルに紹介すると、成長期になってカラダが変わって踊りにくくなった、演技しにくくなった、という状態と似ている、と言うと分かりやすいでしょう。身長が10センチ伸びてしまうと、体重が5キロ増えてしまうと、以前はとれていた軸の感覚が変わってしまって、回れない飛べないが起きる、それと似ているのです。
本来、カラダは日々変化しているので、毎回同じと言う訳ではないのですが、特に女性や女児の場合、ホルモンの変化で踊りにくくなることがあります。その大きい変化が今、多くの踊る人のカラダに起きている、ということ。
けれど、人は誠に都合のいいことに、自分の一番調子のよかった状態を記憶していて、そこに戻りたいと思いがちなんですね。これも、脳の仕組みの一つです。
例えば毎日つかっているマグカップ、朝食の時に何気なくコーヒーを飲もうとしていつものところに手が伸びる、とか、キーボードもそうですねよね。ブラインドタッチがサクサク進むのも、どこにどのキーがあるのかを脳が記憶しているからで、その配置が変わってしまうと、途端にスピードが落ちたりします。
なので、よく見かける風景として、レッスン場でいつも同じバーの位置につくとか、練習する時に並ぶ位置が毎回似たような位置につくとか、環境の変化からくる脳への負担は減らして、効率よく動きたい、と言うクセがあるのです。
つまり、カラダに残っている元のイメージ、それが直近のものではなく、自粛前の、人によってはもっと以前の一番調子良い時期の記憶で動こうと踊ろうとしている、けれど、今現在は、環境が変わってしまったため、そのイメージ通りにカラダが反応してくれないのです。
そうするとどうなるかというと、力技でも残っているイメージの方向に動こうとするのです。
一番分かりやすいのは「ジャンプ」「回転」でしょう。
バレエやダンスのジャンプ、フィギュアスケートや新体操のジャンプや回転は、単にしゃがんで高く飛ぶ、と言うものではありません。
軸をたてること、踏み込みの足、着地の姿勢など、様々な要素があって、それらが総合されてジャンプになるんですが、軸の感覚は変わっているし、踏み込みのタイミングや足のえ感覚、着地の衝撃を和らげるためのカラダの引きあげや姿勢など、自宅ではほとんどできない訳です。
けれど、飛びたい、回りたい、と気持ちは逸る、それが動きのアンバランスを加速させてしまうのです。
ケガから復帰するのに時間がかかってしまうパターンと似たことが起きているのです。
以前のイメージそのままに踊るには、かなりの時間がかかります。多くの人が以前と同じ程度の活動をおこなえているか?というとそうではありません。学校によっては、最近の傾向に分散登校とリモート授業を継続している、リモートワークが定着している、先生によっては、教えるクラス全てが復活していない、ダンサーもレッスンには戻れたけれど、リハーサルが以前のようにおこなえないという状況が今です。
しかも、また感染の広がりが懸念される現在、簡単に以前と同じ行動範囲に戻せない状況にもなっています。
普通におこなっていた普段の生活における行動量は、実は人のカラダをつくっている重要な要素の一つなのですが、それが制限されてしまった数ヶ月、それも現在も全く同じに戻っていない現在、同じようにレッスン量を増やしたとしても簡単に元には戻ってくれないのがカラダというものなのです。
それを一気に同じ動き・ムーブメントに戻そうとするのが、人の頭脳=脳・感覚に残っているイメージなのです。
なので、皆さん口々に言われるのは、前みたいに床を踏めないんです。前のようにジャンプできないです、前のように脚をあげようとするとつまるんです…
そうなんです、、前をどうしても思い出してそこに戻ろうとするから苦しむんです。
何度もブランクがあった経験から言うと、前を追い続けている限りなかなかカラダは反応してくれない、です。
ケガではないけれど、ずっと前のカラダの状態にもどろうともがいてレッスンを続けているとそれこそケガを引き起こしかねません。そこは注意が大切です。
ではどうするか?もちろん方法はあるのです。
やっと踊れるようになってノビノビ気持ちよく踊りたいのにどうしてもカラダがぎくしゃくする、脚がつっぱる、どうしてなの?と多くの方が思っています。
この現状でオススメする対策は、元のカラダに戻るのは有りません。
新らしく踊るカラダをつくりなおす
ことです。
以前のカラダの感覚を呼び戻そうとしても、同じカラダの状態ではないからうまくいかない、なら、今のカラダで踊れる状態を作り直していく、いわゆる、ケガをした後のリハビリのような状態だと考えること、です。
例えば、
◎いきなりつま先を伸ばそうとする代わりに、ゆっくりタンジュをする
◎脚を高くあげようとする前に、体幹の筋トレやバランスの確認をする
◎ガンガン回ろうとするよりも、軸の上にのった一回をしっかり回る
つまり、踊るカラダの土台を確認しながら、今の踊れるバランスを新しく作り直すことなのです。
この話を聞いたAさんは
「そうですね、その方が楽かもしれない、勇気が湧いてきました」
と語ってくれました。
ただ、既に頑張り過ぎて、痛みが続く状態にある人も出ています。
その場合には、ストレッチやセルフケアではなく、しっかり治療を優先させましょう。痛みを抱えたまま、以前の感覚に戻ろうとするよりも早く結果が出てきます。
さて、次のコラムでは、新しいカラダを作り直すための具体的な方法をいくつか紹介していきます。
【著者プロフィール】
市川淑宥子(ようこ)
バレエ治療院あんじゅ院長
日本バレエワークアウト協会理事
芸術家のくすり箱プロフェッショナル会員
鍼灸師/フロアバレエ・バー・アスティエ講師/チェアバレエエクササイズ講師
2008年、当時はなかったバレエ・ダンスのための鍼灸治療をスタートさせ、バレエ鍼灸と名付ける。現在も踊りを続ける治療家として、またフロアバレエクラスの講師として、施術・ターンアウト、開脚改善などを展開。
○著書 『骨盤が立てばあなたの開脚は変わる』
○フロアバレエクラスは新宿にて月一回開催
○インスタグラム ballet.ange